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企業が役員や社員に支払う報酬の形に“変化”が現れている。数年前までは金銭による支払いが当たり前だったが、現在は株式を譲渡する「株式報酬制度」の導入が増加傾向にあり、既に国内の大手企業も次々に導入を発表し、社会に対して大きなインパクトを与えていることは周知の通りだ。

その大きな潮流のなかで、日産自動車株式会社も2020年7月にGlobal Sharesの株式報酬サービスを利用し、役員に対する“新たな株式報酬制度”を実現した。そこで今回は、同社グローバルSWP/C&B部 担当部長の岡田裕文様に、その背景や採用の理由、導入後の変化などを聞いた。

新たな株式報酬制度への転換

日産自動車は、2003年(平成15年)から役員に対する1つの報酬形態として、長期インセンティブであり、業績連動報酬型の「株価連動型インセンティブ受領権(SAR)」を導入してきた。

SARも含めたストックオプション型の報酬制度は、株価が行使価格以下に下がるとインセンティブが働かないという制度上の難点がある。欧米でもストックオプション型から、株価が下がってもインセンティブが維持される株式報酬型に主流が移ってきている。

そのような中で、日産自動車ではガバナンス改善の取り組みの一つとして報酬委員会が設置され、役員の報酬制度の在り方を社外取締役により構成された報酬委員会で議論することになった。その結果、古い制度を廃止して、現代に則した新たな株式報酬制度を検討・導入することになった。

2019年の秋頃に報酬委員会で方向性が出され、その後人事部で検討を進めることになった。報酬委員会からは主に以下の4つの要件が方向性として提示された。

「1つは、長期インセンティブのため、3年を1つのスパンとして中期経営計画の達成を促進する内容であること。2つ目は、役員の利益を株主の利益と一致させること。3つ目は、株主価値やブランドイメージの創造を役員に動機付けること。そして4つ目は、主要な人材の長期的な定着を促進することです」

主要な人材の定着に関しては、同社は世界中に拠点をもち、売上の9割を海外が占めている現状からも、海外の人材に対して“日産が魅力的な働く場所”と伝える報酬制度を確立することは重要なポイントだった。現在、世界を見渡してみると、欧米を中心に役員クラスの人材が株式報酬を求める傾向は高く、アメリカ・シリコンバレーでは株式報酬制度は“主流”になっているほどだ。

ただし、今回の“新たな株式報酬制度”の検討においては、人材部分を最重要視したというよりも、これらの4つを同時進行で進めた形だったという。

「私達は会社が正しく運営、運用されていくことが非常に重要と考えています。短期的に売上を上げるのではなく、中長期で会社が長期で成長していくために何をすべきかを考える体制を確立したいと思いました。加えて、株主価値という点でも、社内の人がよければいいではなく、株主の価値を増大し、それがひいては世間から会社の評価に繋がる、ということを強く意識しています」

「グローバルにデジタル上で一元管理」が必須条件

報酬委員会において、日産は2019年末に「譲渡制限付株式ユニット(RSU)」の導入を決定している。多くの国内企業が権利付与の段階で株式を譲渡する「譲渡制限付株式報酬(RS)」を選択するなかで、権利確定までの一定期間を経て確定時に株式を譲渡するRSUを選択した理由について、岡田氏は次のように説明する。

日産自動車株式会社

グローバルSWP/C&B部 担当部長

岡田裕文様

「我々が重視したのは“グローバルで統一した制度にすること”です。調査していく過程で、海外ではRSUでなければ税法上で難しい面があることがわかりました。売上の9割を海外が占めるほどグローバルに展開している弊社はRSUにするべき、という決断に至りました」

この新たな株式報酬制度であるRSUを実現するためには、グローバルに一元化したデータベースのもとにデジタル上で管理する必要がある、と岡田氏は考えた。「その理由は主に2つあります。1つは、株式報酬制度に限らず総報酬について、会社が“誰に、いつ、いくら投資しているのか”をデジタル化・可視化することで、投資額を明確にして他の人事施策と連動させること。もう1つは株式報酬の計算は非常に複雑で、会計レポートの作成には時間と手間がかかるため、デジタル化・一元化することで、その時間と手間を軽減することです」。これらの要望を実現するのが、Global Sharesをはじめとする“株式報酬管理ソリューションプロバイダー”の存在だ。

 

岡田氏はプロバイダーを検討するうえで、今回のキーポイントである「グローバルに一元化して管理する」ことの実現が最も“難題”と考えていたという。「日本と海外では税法など法令上の違いが多く、非常に複雑です。そのうえ、国内でも珍しいRSUでそれを実現してくれるプロバイダーがあるか、という点は一番

の悩みでした」。そんなときに、同社の国内の株式を長年管理し続けているSMBC日興証券からGlobal Sharesを紹介される。

 

「実際に話を聞いてみると、Global Sharesは100か国以上に対応しており、グローバルで一元化して管理することが可能で、その実績も豊富でした。さらに、企業側が株式の管理を自社のパソコン上で行えることはもちろん、株式を所有している役員もスマホやパソコンで、クラウド上で所有株の価値の確認や売却もできるというテクノロジーの部分もしっかりしていたので、これならばオペレーションをしっかりと回すことができると思いました」

超えるべき「2つのハードル」があった

これで晴れてスムーズに導入が決定した――というとそうではなく、岡田氏が超えるべきハードルはさらに2つあった。1つは“セキュリティの問題”だ。

以前の株式報酬関連のシステムは企業の中でクローズドになっており、社外からは株式を所有している社員であっても入ることはできなかったが、Global Sharesはクラウド上でシステムにログインすることができる。

「じつは最後まで役員から何度も確認されていたことがセキュリティ面、データの安全性でした。非常にコンフィデンシャルなデータを扱うため、万が一でもユーザーからデータが流出したら大変なことになります。その点はGlobal Sharesに細かく説明していただいて、サイバーセキュリティなどの専門家からなる専任チームや、セキュリティと潜在的脅威を監視する監査リスク委員会を設置していることなどを聞いて、最終的に安心することができました」

もう1つの障壁は社内の会計担当者の反応だ。ただでさえ複雑な株式報酬の計算と会計レポートの作成が、今回は報酬制度が新たになることに加え、システムも刷新されるため、「オペレーションが本当に回るのか」と心配の声が挙がっていたという。

「その点は、Global Sharesにシステムのデモンストレーションを会計の担当部署も一緒に見せていただきました。その場で質疑応答も繰り返した結果、使いやすく、非常に細かいところまでよく設計されていることが現場にも伝わり、安心感を持って導入を決定することができました」

導入して実現した、数々のメリット

Global Sharesのシステム導入は、当初の予定通り、約4か月で完了している。岡田氏は「導入はトラブルもなく非常にスムーズでした」と振り返る。

「こういうシステムは半年から1年かけて導入するものかと思っていたので、想像以上に早かったですね。Global Sharesはとてもフレキシビリティがあって、私達の細かな要望や不安に思っていることに対して“どうしたら解決できるか”を一緒に考えながらポジティブに取り組んでくれました。実際は日本の金融商品取引法をはじめとしたあらゆる制約があるため、国内と海外で異なるオペレーションをせざるをえない部分もありますが、そこも可能な限りシームレスに使えるようにカスタマイズしてくれました。現在も何かあればすぐに相談して、1個1個ブラッシュアップしていっています」

2020年7月よりスタートした新たな株式報酬制度は、現在、アメリカ、中国、イギリス、フランスなどの主要国をはじめ、25か国を対象に展開している。利用者の内訳は、日本国内が56%、海外が44%だ。

新たな報酬制度を実現し、グローバルで一元化することにさまざまな期待を寄せていた同社だが、導入から約1年が経過し、効果はどうだったのだろうか?

「まず、主要人材の定着に関しては効果が早速出ていて、本制度の対象層である役員も含めた部長層以上全体の退職率に対し、本制度対象者の退職率は25%ほど低くなっています。今後もさらに効果が増えていくと予測しています。加えて、現在は役員クラスの採用は中断しておりますが、再開した際には、特に海外のキータレントの獲得にもメリットがあると考えています」

また、株式取引における“透明性”が高くなり、取引時のトラブルも減少したという。

「以前の制度は株式所有者に対してメールで連絡をしていました。株価は日々変動していて、“売る”と言ったタイミングでの基準価格との差額を支払うのですが、メールや口頭の連絡の場合、タイムラグが生じたり、どのタイミングで伝えたかの証拠が残らなかったりと、トラブルになることがありました。その点、

今回のシステムは、誰が、いつ、クリックしたかが明確にデータとして残るので、透明性が格段に高まり、コーポレートガバナンスも大きく向上しています。最後まで懸念していたセキュリティ面でも、現在のところトラブルはありません」

さらに、このシステムの“利用者”である社内の会計部署や、株式を所有する役員の視点から見ても、問題なくオペレーションが回っている。

「今回の新たな報酬制度は毎四半期ごとに株式所有者全員分の株価などを全て計算することになるため、以前よりも“作業量が圧倒的に増え”ています。それでも、データを一元化して管理できるようになり、複雑な計算もGlobal Sharesのシステムを使うことで簡単にできるため、体制を全く変えずにスムーズに回すことができています。また、ユーザーである役員層からは、25か国と幅広く展開し、大幅な変化があるため、クレームや苦情が一定数来ると覚悟していたのですが、ほぼありません。これはポジティブなことだと捉えています」

目指すは業績の回復

今後は、最初に掲げた“4つの要件”の達成を目指して株式報酬制度とシステムの改善を続けていくと、岡田氏は話す。

「主要人材の定着というところは既に一定の効果が出ていますが、それが今後も続くのか、冷静に見ていかなければいけません。その他の、中期経営計画の達成促進や、役員の利益を株主の利益と一致させること、株主価値やブランドイメージの創造を役員に動機付けることなどは、最終的には“会社の業績を上げていくこと”にかかっていると思うので、そのあたりも含めて、今後レビューしていくことになると思います」

グローバルで一丸となり、業績の回復というチャレンジへ――。日産自動車は今後も確実に前進を続けていく。